「英語ができれば十分では?」それでも私がインターに惹かれる、本当の理由

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みなさん、こんにちは!マーマです。 これまでの記事で、英語保育やインター教育について、体験談を中心にお話ししてきました。読んでくださった方の中には、こう感じた方もいらっしゃるかもしれません。

「英語なら、英会話教室でも十分身につくのでは?」 「日本の教育だって、悪くないのでは?」

マーマ
マーマ

正直に言うと、私自身も何度も自問してきた問いです。今日は、体験談から少し離れて、「なぜ私はここまでインター教育に惹かれるのか」という、自分の中の根っこの部分をお話ししてみたいと思います。

1. インターに憧れた決定打は、語学ではなく「教育のスタイル」だった 

そもそもの原点を振り返ると、確かに私の最初の入り口は、先輩ママから聞いた「小学生で通訳ができる」という英語力への強烈な憧れでした。 ですが、そこから実際に学校見学へ足を運び、私が「絶対にこの環境がいい!」と心底惹きつけられた決定打は、ただ単に「英語が話せるようになること」そのものではなかったのです。

以前の記事でも触れましたが、0歳の頃に見学に行ったIB(国際バカロレア)認定校で目にしたのは、正解を覚えるインプット型の授業ではなく、「自分の考えをどう表現するか」を軸にした、自発的なアウトプット重視の教育でした。 少人数のクラスで自由に意見を交わす子どもたち、喧嘩の仲直り方法を自分なりの表現で描く課題。じっと座って話を聞くことよりも、頭をフル回転させて自分の考えを表現することが評価される仕組み。

それを見た時、「これだ!」と直感しました。 もし「ただ英語が話せるようになること」だけが目的なら、英会話教室や、大きくなってからの語学留学でも十分だったかもしれません。 しかし私が娘に持たせたいのは、将来、世界と直接つながるための確固たる「生きた英語力」と、型にはまらず自分の頭で考える力(IBの教育スタイル)の両方です。

マーマ
マーマ

私の中で「英語」と「探究教育」はどちらも欠かすことのできない両輪であり、その両方が最初からセットになって揃う環境だからこそ、私はインターに惹かれていったのだと、今振り返ると思います。

ちょっと補足:インター選びのワンポイント

ここで少し補足しておきたいのですが、「インターナショナルスクール=すべてIB(国際バカロレア)」というわけではありません。インターと一口に言っても、アメリカ式やイギリス式など、採用しているカリキュラムや教育方針は学校によって実に様々です。

ただ、私にとっての最大の決め手は「絶対にIB認定校でなければならない」というカリキュラムのラベルではなく、私自身が魅力を感じた「自発的アウトプット教育(正解のない問いに対して、自分の頭で考え表現するスタイル)」が、その学校の根底にあるかどうかでした。

これからインターを検討される方は、「英語で学ぶ」という環境面だけでなく、「どんな教育スタイルを大切にしている学校なのか」という視点もあわせてチェックされることをおすすめします。

2. 語学力だけでは足りない、と気づかせてくれた「絵の課題」

以前、先輩ママのお子さんが通うインター小学校を見学させていただいた際、忘れられない出来事がありました。

見学した教室に貼られていたのは、「お友達と喧嘩した時にどう仲直りするか」というテーマの絵の課題でした。文言を入れてもよく、その文言は何語で書いてもよい、そのシーンを自由に絵で表現する、という課題です。

最初は「ユニークな課題だな」と思ったのですが、先生から「IB教育ではオープンマインドであることをとても大切にしている」というお話を伺い、その意図に納得しました。単に英語という言語を通じてコミュニケーションが取れることだけでなく、多様なバックグラウンドを持つ相手と、言葉の壁を越えて心と心で理解し合おうとする姿勢そのものを育てようとしているのだと感じたのです。

この経験から、私が子どもに育んでほしいのは、単なる「英語が話せる」というスキルではなく、異なる価値観を持つ相手を理解しようとする姿勢なのだと、はっきり意識するようになりました。

3. それでも、経済的な理由からも目が離せない

教育スタイルへの共感が一番の理由ではあるのですが、正直に言うと、今の日本を取り巻く経済的な状況への危機感も、決して小さくない理由の一つです。

近年の厚生労働省の人口動態統計などを見ても、日本の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの数の推計)は1.1台にまで落ち込み、長年にわたり過去最低を更新し続けています。年間出生数も70万人を大きく割り込み、統計開始以来の最少を記録する深刻な状況です。国勢調査でも、日本の総人口は減少の一途をたどっています。

また、IMFなどの国際的な統計を見ても、日本の一人当たり名目GDPはG7の中で最下位に沈み、アジアの近隣諸国(韓国や台湾など)を下回る状況が常態化しつつあります。国全体のGDP総額で見ればまだ世界トップクラスの規模を維持しているものの、「一人当たりの豊かさ」という点では極めて厳しい現実に直面しています。

こうした数字やトレンドを目にするたび、「自国の言語と産業構造だけに頼って生きていく」という前提に、強い危機感を覚えます。日本の人口と経済規模が縮小するということは、極端に言えば「日本語だけでアクセスできる仕事、情報、そして出会える人の数が相対的に減っていく」ということです。世界では英語を共通語として日々新しいビジネスや技術が生み出されている中で、言語の壁に阻まれてその恩恵を受けられないことは、これからの時代、大きなリスクになり得ると感じています。

4. AI・同時通訳時代になぜ「自力での語学習得」が必要なのか

ここまでお話しすると、「これからはAIや同時通訳が進化するから、言語の壁はなくなるんじゃない?」「そもそも、マーマさん自身は英語話せないって言ってたよね?」という鋭いツッコミが聞こえてきそうです(笑)。私自身、テクノロジーの進化には大変興味を持っていますし、ただ単に情報をやり取りするだけなら、翻訳ツールで十分な時代はもう目の前に来ていると思います。

それでも私が「自力で英語を習得すること」の価値は揺るぎないと言い切りたい理由は、「人間同士の心の繋がり」までは、機械には代替できないと信じているからです。

実はこれこそが、「英語が話せない私」だからこそ痛感していることでもあります。 言葉の壁があるせいで、海外の方を前にしたときに、相手の目を見てジョークで笑い合ったり、一歩踏み込んで深い関係を築いたりすることに、どうしてもためらいや「もどかしさ」を感じて生きてきました。翻訳機越しでは伝わらない「言葉の温度感」や、ツールを挟むことで生じる「タイムラグ」が、人と人とのケミストリー(化学反応)を邪魔してしまうことを、身をもって知っているのです。

相手の目を見て、自分の言葉で想いを伝える。第2章でお話ししたような「言葉の背景にある異なる文化や価値観を肌で理解する」こと。これらは、翻訳機越しではなく、自分自身がその言語を身につけているからこそ得られる「生きた体験」です。

AIがどんなに進化しても、これからの時代に最も価値を持つのは、そうした「人と人とが直接心を通わせ、信頼関係を築く力」なのではないでしょうか。 ただの「連絡手段」としてではなく、「世界と直接繋がり、自分の居場所を広げるための教養」として英語を身につけさせたい。英語を話せない私自身がその壁を感じてきたからこそ、娘には自らの言葉で世界と心を通わせる喜びを知ってほしい。それが、私が自力での語学習得にこだわる揺るぎない理由です。

5. インター=海外に行くこと、ではない

こう書くと、「じゃあ結局、海外に出ていくことを目指しているの?」と思われるかもしれませんが、私が理想としているのはむしろ逆です。

日本にルーツを持ち、日本語も日本の文化もしっかり大切にしながら、その土台の上に国際的な視野と語学力を重ねていく。そんな育ち方ができれば、と考えています。

実は、これに近い取り組みを国として進めている例が、お隣の韓国にあります。済州島や仁川松島(Songdo)などの経済特区では、国際的なカリキュラム(IBやAPなど)を採用したインターナショナルスクールを誘致し、自国民の子どもも一定の枠内で通えるようにする政策が進められてきました。教育目的で家庭が海外に出ていってしまう流れを国内に留めつつ、自国のルーツを保ったまま国際的に活躍できる人材を育てたい、という政策的な狙いがあったようです。

この例からも分かるように、「インター教育を受けること」と「自国のアイデンティティを大切にすること」は、決して矛盾するものではないのだと思います。国語や日本の歴史をしっかり学びながら、国際規格の教育も受ける。そんな育ち方の先に、日本にいながら世界で通用する人材へと育っていく道があるのではないか、と感じています。

6. 選択肢の幅を広げておくこと、そのものが財産になる

将来、娘がどんな道を選ぶのかは、まだ誰にも分かりません。海外で働くことを選ぶかもしれないし、日本国内で働くことを選ぶかもしれません。

誤解のないようにお伝えしておくと、「インターに行けば、将来外資系企業に入りやすい」といった単純な話ではないと私は思っています。実際の日本の就職市場では、外資系企業を目指す場合であっても、単にインター出身であることより、東大や慶應といった国内の難関大学で切磋琢磨してきた経験の方が、地頭の良さやポテンシャルとして高く評価されるケースは多々あるからです。日本の教育システムの中で努力して結果を出す力は、社会に出てからも確かな武器になります。

しかし一方で、その土台に「実践的な語学力」や「異文化での経験値(探究心)」が掛け合わさった時、キャリアの選択肢と可能性が広がることもまた、実感としてあります。実際、エンワールド・ジャパン株式会社が2020年に行ったアンケート調査 (英語レベルが「上級」と回答した正社員のうち、年収1,000万円以上の人の割合は「初級」層と比べて明確に高かった、という結果)のように、英語力の高さと高年収層に相関が見られる調査結果はいくつか存在します。ただし、こうした調査は転職・キャリア支援サービスの登録者を対象にしたものが多く、もともとグローバル志向の高い職種やキャリアを選んでいる人が多く含まれるため、「英語ができれば誰でも高年収になる」という単純な因果関係を示すものではありません。あくまで「語学力と、キャリアの選択肢の広さには一定の相関がある」という一つの参考情報として捉えていただければと思います。 

ですが、私が娘に望んでいるのは「外資系企業に入って高年収を得ること」では決してありません。それらはあくまで、選択肢が広がった結果としてのわかりやすい一例に過ぎないのです。

親としての私の本当の願いは、娘が自身の価値観を大切にし、自己実現を果たして実りある人生を送ってくれること。そして何より、正解がなく変化の激しいこれからの時代を「自分の力で生き抜いていける」と感じられる確かな力を身につけてほしいということです。

将来、何になるのか、どこで生きるのかは、娘自身にできるだけ自由に決めてほしい。親である私ができるのは、ただその後押しをすることだけです。 だからこそ、いざ彼女が「こんなことに挑戦したい」「世界を舞台に自分を試したい」と思った時に、言語や文化の壁に阻まれることなく、自分の足で一歩を踏み出せる「揺るぎない土台」を持たせてあげたい。

そうした「選択肢の幅」そのものを、幼いうちから少しずつ用意してあげられたら、というのが、今の私の一番大きな願いです。

まとめ:あなたなら、この時代にどんな力を子どもに持たせたいですか?

「英語ができれば十分では」「日本の教育でも十分では」という問いに、私なりに向き合ってみると、たどり着くのは語学力の話だけではありませんでした。教育のスタイルへの共感、多様な価値観を理解しようとする姿勢、そしてこれからの時代を生きていくための選択肢の幅。そのすべてが重なって、私はインター教育に惹かれ続けているのだと思います。

マーマ
マーマ

正解のない問いだからこそ、読んでくださっているあなたご自身は、この時代に子どもにどんな力を持たせてあげたいと感じますか? もしよければ、ぜひ聞かせてください。

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